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川場村に通い続けて45年

                              2021年10月
                              佐藤 修

はじめに

 私は40代の中ごろ、武尊山麓の南斜面が広がる群馬県川場村に家を建てた。
建てる以前から、年間100日以上通いつめ、山登り、山菜採り、キノコ採りの他、
様々な体験をして来た。この武尊山系川場村に入り浸ったことが40代以降の私の
人生に大きな影響を与えた。その体験を文章にすることで、お読みになった方が
何か少しでも参考にされることがあればと思い、駄文をつづることにした。

川場村の景色
川場村の田園風景(1998年秋、現在も変わっていない)

自然と水に親しむ幼少時代

 私は長野県長野市で、昭和23年に生を受けた、団塊の世代である。
家が小さいこともあってか、家に居るのが余り好きではなく、小学低学年では学校
から帰ると直ぐに外に飛び出し、暗くなるまで外で遊んでいた。勉学にいそしむと
いう記憶はほとんど無く、夏は虫取り、川遊び、山登り、野球、冬は竹スキー、雪
遊び等に明け暮れた。それぞれの遊びも様々な工夫を施し、例えば竹スキーは火で
炙り曲げて作るなどして遊んだものだ。市街地でも自然はある程度豊かを残してい
て、外は毎日が“新たな発見の場”でもあった。そのような少年期を過ごしたこと
が、都会生活の脱出、自然への渇望を促したと思われる。

 まずは遊びで、生涯忘れられない体験から語りたい。少年時、フキノトウ採りに夢中
になった私は、林道脇のフキノトウが次々に見つかることもあって、とうとう辺りが
暗くなるまで探してしまった。いつまでも帰って来ない私を心配した親が警察を呼ぶ
羽目になり、私は親にこっぴどく怒られた。今でもそうであるが、春一番に生える
フキノトウの姿がかわいらしく、食べることも好きだったので夢中で取り続けたようだ。
また小学2年の時、裾花川の近くの水深が1m以上もある用水路で、アメンボを捕ろうと
して岸から身を乗り出し、下向きに水面に手を伸ばした時、水路に逆さまに落っこちた。
一旦落ちると流れも速いため、ほとんど助からないとされている場所だ。しかし運よく
反対側にいた大人に、10メートル以上流された時に助けられ、命拾いした。水の中で何
することもできない自分が流されていく様は、今になっても鮮明に覚えている。そのまま
意識が無くなり死んでいくという感覚はふとした時、今でもよく甦る。その一方で、
当時その大人が、自分の命をも顧みず、危険な水路へ咄嗟に飛び込んで救助してくれた、
という行いは凄いことであり、私の感謝の気持ちは、年と共に募る一方である。

 借り家である生家の下は湧き水が出ていて、畳を剥いでその下の板を取ると、
そこには鈍く光った水面が顔をのぞかせていた。水中にはアメリカザリガニがたくさん
いて、採って友達に分けたのだが、水上生活者として知られることが恥ずかしかったので、
家に近寄らないようにさせていた。今から振り返ると、当時から、切っても切れない
水との縁があったのだと、つくづく思う。
また、勉強もせず外で遊んでばっかりの少年時代は、楽しい時代を過ごしたものだと
しみじみ思うのだ。

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